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【熟年離婚体験談】≪はじめの一歩≫

2020年 コロナ禍の始まりの年、私は離婚を決意しました。

いやもう何年も前からそれを心に決めていた… 

自由になりたい…この鳥籠から抜け出すんだ!

いつもいつもそう考えていました。

これは、私の離婚体験記です。

そしてこれからを自分の選択で自由に生きる記録です。

私の経験があなたの勇気と一歩踏み出すきっかけになればと願っています。

DV・モラハラ・束縛 三拍子揃った元夫

DVとかモラハラとか始めは、ピンとこなかったんです。

ある時、女友達に相談しました。

「旦那と喧嘩をして暴力を振るわれたけど、毎回決まって次の日には、仕事中に謝りの電話がかかってくる…時には半泣きで謝ったりする…だからつい許してしまうんだ。もうしないと信じて。でもまた同じこと繰り返すんだよね」

友達は、即座にこう答えます。

「それってDVだよ!DVの典型じゃん!! わかってる?」

わかってなかった… 友達からそう言われるまでこれはDVだってわかっていなかった。

よくTVや雑誌で見聞きするけど、実際自分がそれだとは繋がらなかったんですよね…

あまりにも日常的に暴言を吐かれたり、嫌がらせ紛いのことをされたりしてるとそれが当たり前の毎日で過ぎていく。

私が言う事を聞いて おとなしくしていれば何も問題は起きない。それでいいんだなと…

暴言・暴力、酒乱、イヤミったらしい性格で人の揚げ足ばかり取る、

妻に対して嫌がらせのオンパレードだったわけです。

それでも子供のためにとか、私が大人しくしていれば…とかそんなことを考えながら過ごしてきました。 

いつかひっくり返してやる!いつかポイって捨ててやるから!と心に秘めながら…

外見は普通のいい夫? 

仕事は真面目に行っていたし、お給料もきちんと入れてくれていた、いわゆる外見的には普通の夫。

いい夫かどうかは、私が決めるとして…

‘‘仕事も真面目で、稼いできてくれて、養ってもらってるんだからそれくらい我慢しなさい”

昔の人(私の母世代の方々)は、よく言います。

でも私は、我慢ならなかった・・・

ちょっとおしゃれして出掛けるのもよしとしない、妻というものは一つにまとめた髪もほつれ、後れ毛ぼさぼさで、髪振り乱して床掃除でもしてる姿が美しいのだと…それならば私じゃないよ、いつもそう思ってきた。

結婚生活27年目の決断

息子2人と娘1人、3人の子育てに必死だったあの頃

何とか育て上げなければ、それが親の義務だと思っていました。

子育ては楽しかったし、子供たちは愛おしかった。

子供の前で私に暴言をはいたり、暴力を振るったり…それだけは許せなかった。

子供の前だからと私が反撃出来ないのをいいことにわざとそうしてるようにも見えたのです。

子供の成長を待っての27年目

コロナで職を失いお役所で旦那さんの扶養に入りますか?と問われたとき

「いいえ」ととっさに答えていました。

今がその時!! なぜかわからないでもここで扶養に入ったら元の木阿弥、戻るよりも先へ進め!と何かに背中を押されたのです。

今思えば、結構無茶ぶりな発想だったなと自分でも思うわけです。

それでも何とかなるものです。

働いていた会社から契約解除の通達で仕事も失い、緊急事態宣言発令で外にも出られず、世の中的に不安でいっぱいだった2020年4月、私はその‘‘おうち時間”を離婚への準備と手続きに費やしました。

私にとってあの時間は、新しい自分への脱皮タイムだったかもしれません。

離婚を肯定するつもりはございません。

でも今あなたがあなたの自由を虐げられていると感じているならば、

それは最初の一歩を踏み出すチャンスかもしれません。

あなたにも脱皮タイムがやってくるかも…

それではまた♪ お読みいただきありがとうございました。

次回は、元夫とのなれそめをお話しします。